↑目次に戻る

松×松 アブない?公開往復書簡

チーズと経済とセックス   村松恒平


『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』はいいね。
こういう架空のシチュエーション上の短歌というのは、真似する人も出そうだ。けれども、(これは松尾さんに言うというより、読者に言うのだけれども)実際は、そういう構造よりも、どうひっくり返しても言葉のつながりに思考の跡が残っていない、ということに注目してほしいね。
それはたぶん、作者が伝統的な歌の呼吸というものをよく知っていて、こういうことをやっているからだと思う。
俳句や短歌は、直観的なものを使って詠むもので、頭でこねくり回した表現は、美しくない。
醜態と言ってもいい。
それがどんなに美しくないものかは、『ビッグコミックオリジナル』というマンガ雑誌の表紙を見るべし。デカデカと「俳句の如きもの」が載っている。
僕は見るたびに「あちゃーっ」と思うんだね。
美意識の喪失を大衆化と強弁しようとしているような姿勢を感じる。

美しくないと大衆の話でいえば、先日、図書館にちょっと前のベストセラー『チーズはどこに消えた』があったので、借りてみた。
ぼくは必ずしも嫌いじゃないんですよ、こういう種類の本。薄いからどうせすぐ読めるし、うまくだましてくれるようなレトリックがあれば、面白いな、と。
そしたら、これはひどいわ。
比喩が混乱してきれいじゃない。
ネズミと人間が出てくるんだけど、ネズミは肩からスニーカーを下げてる。じゃ、なんでネズミと人間なんだ? 彼らは迷路の中でチーズが置いてある場所を見つけるんだけど、では、なぜ、迷路があるのか、とか、チーズは誰が作って、いつ誰が運んでいるのか、とか、いろんなことがほったらかしてある。自分の語りたいことだけがご都合主義で並んでいるんだよね(半分で放り出したんだけど、たぶん、最後まで説明はない)。
しかも、そもそも物語にする必要ないんだよね。
チーズが無くなったので、ネズミたちは、急いで次のチーズを探し始めるが、人間たちは、ただオロオロする。
これって、つまり「現状に安住するな。変化に対応しろ」という2行で済んでしまうんだよね。一冊の半分で2行だからね。全部でも、3.4行だと思うね。
3行で書けることをわざわざお話にすることはないんだよね。
しかも、今日では、これ以上はない、というくらいに言われ尽くした陳腐なメッセージ。
物語というものをバカにすんなよ、と言いたくなる。
書いてもいいけど、売れるなよ(笑)。
現代風にいえば「ばーか、ぷぷぷ」とか、笑えばいいんだろうが。
しかし、まだこの本の100分の1くらいしか売れていない本の著者としては、もっと「冷たいモノ」とか、「苦いモノ」「腹立たしいモノ」とかが血の中を巡るのよ(笑)。
「文章秘伝」のQ&Aの一本のほうが、これ一冊より深いっての。

話は変わる。
先日、大戸屋で定食を食っているときに、ふと啓示を受けた。
「経済というのは、つまりセックスなんだ」、と。
つまり、性欲というものは、あらゆる人間にあって重要ではある が、人間はそれを中心には生きていない。性欲に中心を置いてしまうと、やはり人間の生き方というのは、本来の道から逸脱していく。
それが変態ということなわけだけど。

経済でいうと、じつは、飯を喰う以上に稼ごうとか、投資や財テクで金利を稼ごうとかいうことは、金銭欲における変態なのね。
もともと投資や財テクは特殊な人だけが行う行為だったわけ。
つまり、勤労と結びついた所得があって、それが僕の父の世代までは、日本においては生活のベースだった。それがバブルで、金を握った人間が、こつこつ働いた人間の一生の所得を一夜にしてお金を転がして稼ぐ、というような現象がたくさん見られて。
で、いつのまにか、変態行為が、ある程度余裕がある人間にとって、もっとカジュアルになったり、たしなみになったり、自己責任になったり、人間が生きていくもっと中心のほうにすり替わっていた。
性的な変態が非常にボーダーレスなカジュアリティを獲得していくのと、同期してそういうことが起こっているのですね。
ご家庭向け財テク雑誌が出たり、テレビでは、企業のマネージメントの手法をアレンジして、家計を診断してたりするわけではないですか。
つまり数字を扱う技術、というものが生活感情の中に浸透してきている。
エコノミックアニマル、と言われた頃より、日本人はずっとエコノミックになっている。ただ儲かっていないだけで(笑)。
これは外在的な批判というより、けっこう僕の自己反省の部分があるのですが。
僕はけっこう時代の流行病、というのは、先行したり、遅れたりしながら、みんなかかってしまう傾向があるので。
個人的に、性的変態と、経済的な変態を両側に置いたら、とてもよくシンメトリーにバランスがとれて、その真ん中にけっこう広いまっすぐな道が見えてきた、ということです。
まあ、もっと平たくいうと、「コツコツ働かなくちゃ」ということですね(笑)。
今頃なにを言ってるのやら…。



←前  次→