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松×松 アブない?公開往復書簡

やはり雑誌の話で始まりかな   松尾由紀夫


や。
過分なイントロデュースを受けて、困惑しているしだい。
プロフィールをとのことですが、さて。しかしすでに、ネットをさらえば凡そのモノというのは見つかるんですね、これが。
http:// tritone.m78.com/ Matsuo/ Matsuo_Prof.html
更新されないサイトのページらしく、データはいささか古いかも。

ここではむしろ、村松氏とのかかわりから話を始めたほうがいいでしょう。
それは二昔もさかのぼる、村松氏が『宝島』の編集者だった頃。経歴に空白の多い私がフリーライター、つまりテイのいい無職の頃。当時、ちょっと特殊な雑誌を創刊したまでは良かったのですが、いざ出してしまえば私のすることは特に無く失職という、まあ、それはいまもたいして変わりありませんが、とにかくフラフラしていたわけです。
(ついでに思い出しましたが、当時の私は結婚したばかりでもありました)

で、ひょんなきっかけから、『別冊 宝島』の「夢」の特集号に私が「はなやるま彷貌」というふざけたペンネームで原稿を書いたことで、本誌編集部におられた村松氏との知遇を得た、と。
ともに20代半ばの呑んだくれであったし、行きつけの店も似たり寄ったり、たちまち二人は毎晩のように朝まで酔っぱらうことに。
さて、曲がりなりにも新婚であった私は、たまには家にも帰らなければならず、ついつい村松氏を伴うことも度々。
そこで村松氏は、見た! 新妻? いや、いるにはいましたが、違います。

本? 本もあるにはあったが。それよりも、雑誌! だ。
えーと、当時、いったいいつから何度目だったか、調べるのが面倒なのでいまは置きますが、とにかく新雑誌創刊ブームでもありましたから、そんなこんなで深く浅く遠く近く興味と関心のおもむくままに購いつづけた雑誌が山を成していたわけです。

と、これが村松氏をして、いまだに私を雑誌読みと呼ぶに至る始まりでした。

ただし、私はいわゆる雑誌マニアの方々のように、雑誌への興味と関心が過去へと向かうことがなくて。
だから、古雑誌を収集するということがなかったんですね。ほら、『新青年』とか「宮武外骨」とか。そういうのは『幻影城』や『新劇』の「今月号」だったり「新連載」だったり。とはいえ、そんな雑誌も姿を消して久しい。

そういえば最近、岡崎英生の『劇画狂時代 「ヤングコミック」の神話』とか『歌謡曲という快楽 雑誌「よい子の歌謡曲」とその時代』とか赤田祐一の『「ポパイ」の時代』とか飯沢耕太郎の『「写真時代」の時代!』とかモロモロ出ていて、あと注目なのは雑誌『編集会議』に連載してる矢崎泰久の『話の特集』のメモリアル。

私にとってこれらの「雑誌」は、常に「いま」と「ここ」のモノとしてあったのだけれど、やっぱりいまとなってはモロモロ過去形の「時代」なんだろうか。
そして、その辺りから、この往復書簡(メール)は始まるのかな。

ところで、私の雑誌読みに目をつけた村松氏が『宝島』で始めた新連載が『マガマガ』でした。

この企画で、私は隅田川乱一(美沢真之助)という人物と組むことに。
ああそうだ、彼については村松氏から紹介してください。

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[附記]

隅田川乱一は当時『HEAVEN』
http:// www.pandora.nu/ bluebox/ doc_cult/ cult0001.html
に参画していて、ああ、この雑誌もこんなふうに過去形の「時代」なんだな。

その主幹だった佐内順一郎(現・高杉「メディアマン」弾)
http:// www.nk.rim.or.jp/ ~imi/ udom.html
からはついこの間、彼の生前の文章をほぼすべて収録した『穴が開いちゃったりして』(石風社)が出版されたことを聞きました。
残念ながら私はまだ見ていません。

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なお、この書簡では基本的に、登場する人名について敬称を略させていただきます、
ごめんなさい。



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